富士のある光景 01


出典 "Le Japon illustre" Aime Humbert, 1870
出版 Hachette in Paris
画題 LES MAGASINS DE SOIERIES DE MITSU0I. (三井の絹貿易の店)
画工 L. Crepon
画寸 159 x 237mm / 銅版画
所蔵 Ichikawa, hiroyasu

 アンベールの「幕末日本図絵」中の版画は、和船などのごく少数の例外を除き、ほとんどが陸上で描かれたものである。この点、海軍のペリーと、スイス人アンベールとのバックグラウンドの違いが出ている。さてアンベールは、江戸湾を航行する船上で富士山を初めて目の当たりにしたときの感動を、以下のように語っている。

 「<中略>自分の観測場所である甲板に帰ってきた私の目の前に現れた驚嘆すべき風景の影響が加わった。
 ミシシッピ入り江の彼方に、われわれが初めて見る海抜一万二千四百五十フィートの死火山フジヤマ(他に比類なき山)の頂上が立っていた。それは入り江の西方、海岸から五十マイルのところにあって、一連のアコンスキイ丘陵を例外として、完全に孤立していた。この巨大な孤立したピラミッドの与えている効果は、あらゆる記述を超越するものであった。それは、海水の濁った色と、沿岸に連なる諸丘陵の分水嶺を取り巻いている大量の松や杉の暗緑色のため暗い性格を持っている江戸湾の風景に、表現することのできない壮大な性格を付け加えている。」(講談社学術文庫/エメェ・アンベール「絵で見る幕末日本」)


 さて、この絵は、日本の象徴・富士を対称軸として、遠近法によりシンメトリーに描かれており、タイクンの居城と富士とを重ねあわせている。上空を美しく舞う鶴は、都市の繁栄振りを祝福するかのようである。