明治16年に架橋した入船橋を明治33年に架けなおした際、「永代橋」と改称された。その後、大正15年に、コンクリートの橋に架け替えられる。これはまだ木橋の時代であり、またオモテの通信欄が3分の1であることから、大正前期ごろの撮影と思われる。